以下、ネタバレを含んでいるので、「劇場」を読んでいない方は読まない方がいい。
今朝方まで新潮4月号に掲載されている、又吉さんの「劇場」を読んでいた。主人公の永田、彼女の沙希…そして友人1人と劇団に関わる人が数人が登場するくらいで登場人物は少なめだし、物語も複雑ではないので、読みやすかったです。
この話は、たぶん又吉さんの、そのまんまの体験談や、その時の心情がけっこうな割合で含まれているんじゃないか?と思われる点では、又吉ファンには嬉しい作品だろうと思われる。その主な理由は、読書メーターにも書いたが、第2図書係補佐の杳子の頁で登場する青い木の実の女の子、東京百景の七十六 池尻大橋の小さな部屋でも触れられていた話とも関係があるからだ。
ネタバレ「劇場」目当て。かなり良かった。第2図書係補佐の杳子の頁で登場する青い木の実の女の子、東京百景の七十六 池尻大橋の小さな部屋でも触れられていた話だろうと思われる。この話の続きが気になっていたので、読みたかったものが提供された嬉しさはありつつも、読み進めると、永田の心情があまりにも自分に刺さってきて、なんとも言えない読後感でした…。日常的に感じてはいるけど、無自覚になっている箇所を改めて言葉にされると、忘れていたものに敏感になれた。そして、それをうまく表現する又吉さんがやっぱり好きだなと思った。
この又吉さんの恋愛話というか失恋話は、彼の本だけではなく、映像メディアの方でも時折話題になる事もあり、やっぱりあの話は未だに引きずっていて、忘れられない過去なんだなと感じていた。
彼は非凡な才能を世間に知らしめて、「火花」で一気にスターダムにのし上がり、失恋してから、時間に比例して地位も、取り巻く環境も、ガラッと変わっただろうけど、本質的な部分はやっぱり変わっていなくて、この作品がよくそれを表しているんじゃないかと思ったし、NHKの特集でも、昔を忘れないようにと、エアコンもない狭い部屋を書斎にしたりして、この作品を書く姿もあった。
そんな予備知識や大前提の流れの中で、この作品を読んでしまうと、あまりにも又吉さんが強く感じられすぎて、主人公である永田は感情移入の対象になりづらいかな?と思ったりもしたが、読み進めると、そんな事も忘れるくらいに、物語や永田の心情に引き込まれていった。つまりは、予備知識はさほど重要ではなかったし、その点では、又吉ファンじゃなくても十分に薦めたい作品だと思う。
僕自身が彼のファンなので、偏ったフィルター越しで作品を読んだかもしれないけども、又吉さんの作品に共通して感心する主な点は、心情的な表現が巧みで、読んでいて刺さってくるところかな。そして、それを普通に読ませてくる技術だろう。他にあげるとキリがないかもしれないが?以下に列挙。
- 日常的に感じているけど、無自覚になっている心情を改めて言葉にできるところ
- 心情の風化を感じさせない点(狭い書斎もそうだが、札幌に行き、昔の事を思い出すような努力もしている)
- 主人公の内面描写を読ませる時、主人公を第三者視点で読ませる時を巧みに操っているところ。(読者が内面描写を読み直接的に知った感想と、第三者視点で主人公の心情を想像をした感想が入り混じって、結果的に主人公の心情に深く入り込む事になる)
- 言葉が美しい。かといって、堅苦しくもない。
- 文章に緩急がある。
- 意外と大胆で、そして容赦しない。
この作品は、分かりやすさも課題とされていたらしくて、物語も恋愛で分かりやすいものだし、文章も難解ではなく読みやすいものだったが、心情的な表現は、容赦がなかった。おかげで読んでいる間も、読後も、自分の心が疲労してしまった。毒にも薬にもなるどころか…中毒性のあるような物質を投与されたかのような感じだ。この日はもう完全にゲッソリとして…仕事をしてもこの作品の内容のことが頭から離れられなかった。
僕自身、歳を重ねて、それなりにいろんな恋愛もしてきたけど、地に足がつかないような若者の恋愛そのものを忘れていた事に気付かされた。若い頃の恋愛ってこんなだったわ!って懐かしかった(笑)でも、それを改めて書けと言われても、心情が風化した今は、今の自分が邪魔して書けないよね?って思った。大人になると鈍感になっていくし、ある意味強いし、繊細な事を考えて生きてないし、言いたい事があればその場で言う(笑)
> 演劇でできることは、すべて現実でもできるねん。だから演劇がある限り絶望することなんてないねん
で、結局、この劇場…永田の言葉にもあるとおり、将来の希望的観測や可能性を秘めた話として締めくくられ ているが、今の又吉さんは現実では飛躍的な成長を遂げているわけで、世間からも認められ、お金も稼げているだろう。ということは、それ以降のくだりの文章というのは、これから起こるかもしれない話のようにも思えてくるし、作品という体の大胆な復縁をせまるラブレターのようにも思えた。