20150415

Written by dsk on 16th Apr, 2015.

さよならChrome。私、Firefoxに戻ります

http://www.gizmodo.jp/2015/04/chromefirefox_1.html
同じような現象で悩まされていたので、半信半疑(2年前くらいにも入れた)でFireoxを入れてみた。今回は、 Chromeより体感速度がよかった。しばらく使おう。

Markdown

って、便利だなーって最近よくMarkdownで文書作成している。YAMLと親和性もいいのでは?って思ったら、Front-matterってもんを知り、やっぱりそうだよねえと。

元校長

ネット上のコメントの気持ちが悪いこと。言論って自由だし、思った事をもっと言えよ。つまんねーよバカって思う。正直に羨ましいって言え。そんな安くやれるの?とか言え。別のTABでどうせエロサイトの一つでも立ち上がってるくせにね。言うコメントは飼いならされた犬のようで(笑)まあそうなってしまうのも、他者との繋がりのあるSNSの仕組みの影響かもしれない。便利な反面、村社会的になってきて、取り繕う必要があるんだろうね。

クリエイティビティで今後注目すべきは、「脳」ではなく「身体知」

http://bizzine.jp/article/detail/712?p=4
この記事はいいね。PCもキーボードを押した感触や音に拘る人がいたり、格ゲーで使用されるアケステの操作体系もそうか。ボタンを押す事を躊躇するゲームはダメ的な発言を梅原さんもしてたと思うな。

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20150408

Written by dsk on 8th Apr, 2015.

山口で遊んだ。奥さんがくら寿司で食べたいというので、リクエストに応えた。 俺は古本屋に行き以下をゲット。

  • ジャレド・ダイアモンドの銃・病原菌・鉄(下)
  • マキアヴェッリと君主論(講談社学術文庫)
  • ウィトゲンシュタインの論理哲学論考(ちくま学芸文庫)
  • 東大教師が新入生にすすめる本(文春新書)

一時、すぐ読み終わる本が俺の中で流行りだったんだけど、すぐ読み終わると、また次のすぐ読み終わる本を買わなきゃいけなくなるので、そういうのはやめにして、読みたい本を選んだ。第三の嘘も買おうと迷ったが、ネットの価格より高かったのでやめた。あと立ち読みしていて、一番おもしろかったのは、官能小説用語表現辞典 (ちくま文庫)...。なんかいつか買ってしまいそうだ(;´Д`)

http://courrier.jp/blog/?p=19419 他に気になったのは、コンピューテーショナル・シンキング。クーリエ・ジャポンで、触れられていたんだが、プログラムを学ぶのではなく、プログラマー的な思考法を学んで他で活かすみたいな感じ。これは、もっと流行るというか、デファクトスタンダートあたりくらいまでは上がってくるかもしれないね。

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計算と直感

Written by dsk on 5th Apr, 2015.

http://wired.jp/special/2015/imitationgame/03/

一方、人間は直感でパッと考える。考える「やり方」が違うのだ。空を飛ぶのに、飛行機と鳥の飛び方に差があるようなものだ。 わたしは「違った風に考える」という言葉に、もっと深い意味を付したい

計算と直感。この辺りは考えさせられる。俺は直感を大切に生きていると思ってるし、この文章の逆である直感にもっと深い意味を付したいと考えるだろう。

鳥のようにしなやかに飛ばずとも、飛行機のように馬力で力強く飛べばいいのだ。ここにこそ将来の人工超知能の方向が見えると、わたしは想像している。

だから、馬力で強く飛ぶマシンパワーを利用したものってAIとは思えないし、そこに興味は持てないかな。

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20150327

Written by dsk on 27th Mar, 2015.

シーモア・パパート

http://www.thinktheearth.net/jp/sp/thinkdaily/report/2013/09/rpt-64_1.html

さらに上田さんがパパート教授に教わったのが、「考えることを考える」。 You can't think about thinking without thinking about thinking about something.

http://joi.ito.com/jp/archives/2015/01/21/005565.html この記事自体はとてもよい。考え方が似てるところが多々あった。。

「考えることについて考えるには必ず、何かについて考えることを考えることになる」 ― シーモア・パパート

不愉快なおばちゃん

洞察力の最大の欠点は、的(まと)に達しないことではなく、その先まで行ってしまうことである。 ─ラ・ロシュフーコー

今日は不愉快な出来事があった。あるミスが起こり、それに関わったものが俺を含め3人いた。にもかかわらず、俺のせいにするような勝手な想像をして、余計な情報までぶちまけ、話をややこしくする...。俺の言い分としては、終わった事を、事細かく覚えていなので、分からないものについては、分からないと主張した。で、最終的には、そいつの想像した物語そのものを「俺が言った」というのだ。はあ?言ってねーし。ここまでいくと頭の壊れ具合がハンパないんだけど?言った事と、言ってない事の区別がついてない。まじ胸糞わりーし、俺がやったという前提で会話進めるのって失礼じゃないか?(笑)

こういう人はマジでこわい。ある会話を誤解されて、その誤解をとこうと説明したら、今度はそれを誤解され...その誤解をとこうとしたら....という繰り返しが起こり、ヤクの毛刈り的な対処を求められる!こういうバカはどんな刃物で処刑したらいいか?オッカムの剃刀...。うまい事言えてるかな(笑)

そんな事を書きたいわけじゃなくて...シーモア・パパート、ラ・ロシュフーコーの言葉は、ともに考える事について。それについて考えていたという日だった。

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